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編集長のヒトリゴト

笑って咲く花になろう。日々感じたことを綴ります。
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正解病
毎日読んでいる「ほぼ日」の今日のダーリンに
ハッとさせられる言葉があったので、ここにメモしておこうと思います。


****
(前略)

なんだか、たくさんの人の、とても多くの時間が、
「正解」を探すことに費やされているように
思えてなりません。
いや、遠慮なく言えば、
「正解」探しばかりで人生終っちゃう人ばかりじゃない?

こういう女性に、こんな出合いをした
 ‥‥どうするのが正解だろう?
新聞で、こういうことが問題になっている
 ‥‥どういう意見を持つのが正解だろうか?
レストランでメニューを見ている
 ‥‥どれを注文するのが正解だろうか?
どう生きたいのか問われてしまった
 ‥‥どう生きたいのが正解だろうか?
 
こんなことばっかりのような気がするんです。
「正解」じゃないことを選ぶと、損? 悪? 迷惑?
「正解」病ってのが、いまの時代病のような気がする。 
****

知らず知らずのうちに、私も正解病に犯されてる・・・な。
正解病は、決定権を他人に受け渡してしまっているってこと。

自分の心が、どんな風に感じてるか、どんなことを望んでるかを
もっと大切にしたいな、と思った。

ひとりひとりが、もっと自由に、もっとおおらかでいられたら素敵だな。
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成長
自分の手帳を見返していて、
改めて、ホントそうだ、と思った言葉。

ザッケローニ監督の
「成功は必ずしも約束されていないが
 成長は約束されている。」

勇気が出る言葉です。

今日も小さな成長を重ねられますように。
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喜びの種をまく
 先日、とある女性にお誘いいただき、「到知」という月刊誌の社長 藤尾秀昭氏の講演を聞きに行きました。

「到知」とは、「人間学を学ぶ月刊誌」と紹介されており、創刊理念はこう書かれています。

 「いつの時代でも、人生にも仕事にも真剣に取り組んでいる人がいる。
  そういう人たちの心の糧になる雑誌を作ろう。」と。

ぺぶるを始めたときの思いに近い…と一瞬思ったけれど、レベルが違いすぎてオコガマシイ…デスネ。


その講演資料の中に「喜びの種をまく」というタイトルの小さな冊子が入っていました。
その中に記されていた文章を紹介させてください。
冊子の中に釈迦が説いた「無財の七施」について書かれてありました。つまり、財産がなくても誰でも七つの施しができる(喜びの種をまくことができる)、というものだそうです。

1.やさしいまなざし
2.慈愛に溢れた笑顔で人に接する
3.あたたかい言葉
4.自分の身体を使って人のために奉仕する
5.思いやりの心を持つ
6.自分の席を譲る
7.宿を貸す

の7つだそうで、本当に日々の中で自分自身の行いのあり方だけで出来るものばかりです。
今日、たった今からでもできること。ぜひ実践していきたいと思います。

そして、冊子の最後に1つの詩が紹介されていました。

---
雨の日には 雨の日の
悲しみの日には悲しみをとおさないと
見えてこない
喜びにであわせてもらおう

そして
喜びの種をまこう
喜びの花を咲かせよう

ご縁のあるところ いっぱいに…
---


そう。ご縁あるところいっぱいに 喜びの花が咲きますように。
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迷ったときは最も困難な道を選ぶ。
久しぶりに、何も予定のない日曜日。
いつもなかなか時間が取れないこと、コマゴマとした整理などに励むことに。

私は手帳を何冊か使っていて(そのせいでいつもカバンがパンパン・・・)
その中の1冊は、自分がその日感じたことや、いいなと思った言葉や
読んでみたい本の名前や、気になったもののイラストなんかが書かれています。

私はメモ魔です。
いいな、と感じたことも、ピン!とひらめいたアイデアも
こうして書き留めておかないと、時間とともに忘れてしまう・・・。
年齢のせい・・とは思いたくないけれど、歳とともに忘れる速度が加速したような・・・??

だから、文字や絵にして残しています。
時間が経って読み返したときに、また新しい気づきがあったり、
こんなことを考えていたんだとびっくりしたり、
自分という人間を客観的に見れたりして、これはこれでとても面白いのです。

そして、今日、書類の間から出てきた1枚のメモ。
1年くらいまえにNHKの「プロフェッショナルの流儀」という番組に
デザイナーの佐藤可士和さんが出演されたときのメモでした。
後で手帳に書き写そうと思って、そのままにしてしまっていたものでした。

佐藤氏は、ホンダステップワゴンやキリンチビレモンの広告などを手がけたアートディレクター。
「ほぼ日刊イトイ新聞」のサイトの中で、糸井重里氏と対談していたのを読んでから、彼のファンになりました。
私の手帳には、彼の言葉が何度も登場してきます。

今日見つけたメモも、改めて読んで、今の私にとっての気づきがたくさん。

・自分がいいと思うのが、実はとてもハードルが高い。

・ちょっとした思いひとつで、人生も仕事もおもしろくなる。

・コンセプトを磨かないと商品は売れない。

・何を見たら「これほしい」と思うか、本質をみる。

・迷ったときは最も困難な道を選ぶ。難易度が高いものが強い。

・人生も仕事もやり直せる。

・プロフェッショナルとは、ハードルが高いことを越えられる人
 ふつうの人が越えられないことを越えられる人。

などが、走り書きで書かれてました。

今年私は、自分に負荷をかけようと決めています。
これまでの私が、躊躇して1歩踏み出せなかったことを、行動に移していこうと決めています。

そんな私が、まさに今日、このメモを見つけたことは
神さまからの「がんばんなさい」というメッセージかも??なんて思ったりします。

「迷ったときは最も困難な道を選ぶ」

安易な道に流されず、目に見える表面的なものに惑わされず
自分と自分の周りにあるすべてのものを信じて、頑張ろう。
そう改めて決意した私でした。
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仲間は無限に増やせる
とある小学校の校長先生が書かれたこんな文章を目にしました。(長文です)

「・・・(前略)・・・

 かつて読んだ、忘れられない外国の短編があります。
 作者は忘れました。カタカナは覚えられません。
 貧しい老夫婦の、遠くに住む遠い親戚の少女が独りになりました。
 おばあさんが言います。
 「おじいさん、どうしましょう。あの子の身寄りは私たちしかいないのです。
 でも、私たちは塩味だけのスープを飲むのがやっとの生活なんですよ。」
 おじいさんは言います。
 「いいじゃないか。スープを薄くすればすむことだよ。」
 ロックフェラーもこれには勝てまいよ、と作者は結びます。
 これは、もう透明な宗教の世界です。
 かつて、宗教は名もない人々の中にこそ在りました。
 青年時代からの、私の、及ばない遠い照準です。だんだん遠くなっていきます。
 
 ・・・(中略)・・・

 元日に1年の計を持つように、人生には目標が大切です。
 同時に、特に少年期までの体験が人生をいかに包み込むか。
 少年期の原風景は、身近の大人の風景です。

 正月三日に教え子十数人が新年会を開いてくれました。
 個人的にそれぞれとは付き合いがあっても、私を囲む形は初めてでした。
 なぜ今になってといぶかしんで行ってみたら、結局私の退職祝いでした。

 四十歳を越えた顔が少年時代に帰りさんざめくのを見ていたら、
 無性に、もう1度この子たちの担任に戻りたくなりました。
 そしたら、もっと慈愛を注いでいたでしょう。

 ところで、この子たちは本当に仲がよいのです。
 仲間をこよなく大切にします。
 無邪気に大事にします。
 家族や親族は増やせませんが、仲間は無限に増やせます。

 私の二十代最後の歳の教え子たちです。

 この頃、人生の価値を考えます。」


本当に素晴らしい校長先生だというお話は、あちらこちらから噂で聞いていましたが
なんと素敵な先生なのだろう、、、と今更ながら感動を覚えた私でした。


人生の価値・・・
仲間という存在・・・

私なんかが考える、人生の価値なんて、きっとまだ薄っぺらく浅すぎる・・・
それでも、私なりに、日々、生きている意味、価値、そんなことを考え過ごしています。

仕事がら、いろんな方とお話しをさせていただくのですが、
深く、透明に、そして絶妙なバランスで物事を捉え、言葉にする方たちと出会うたび、
人生っていうものは、そして、歳を重ねていくっていうことは
本当に素晴らしく、豊かなことなんだな、と思わずにいられないのです。

必ず終わりのある、この人生。
限りある命。

私らしく、精一杯、生きよう。
そんなことを考えた今日の終わり。
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1歩1歩が人生を創る。
とても尊敬している先生が、こんな言葉を口にされた。

「1歩1歩が人生を創るのよ」と。

何気なく歩いている1歩1歩の歩み。
意識はしていなくても、その1歩が未来へ続く。

ある日突然、何かがやってくるわけではなくて、
毎日の「少しずつ」がある日花を咲かせ、実を結ぶだけなんだ。

だとしたら。
自分がどんな花を咲かせたいのか。
どんな実を結びたいのか。
それを意識して、歩いていくことはとても大切。

1年後、5年後、10年後…
いったいどんな自分でいたいのか。
そのイメージが夢なのか現実なのかわからないくらいにイメージできたなら、
きっと、自分らしい、自分だけの花は咲き始めているのかもしれない。
 
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大切な人を思うように
たとえば、誰かに声をかけるとき。
たとえば、誰かに何かをお願いするとき、引き受けるとき。
たとえば、誰かの話を聞いているとき。
たとえば、誰かに何かを贈るとき。

いろんなとき、いろんな場所で。

自分が今向き合っているその相手が、
自分の大好きな人だと思ってみたらどうだろう?

もしかしたら、その言葉をもう一度、見直してみるかもしれない。
もしかしたら、相手の望んでいることをもうちょっと想像してみるかもしれない。
もしかしたら、優しいひとことを添えるかもしれない。

そんなことを、普通に、誰にでもできたなら
みんなが、もう少しずつ幸せになれるかもしれないなぁ。

と、ふとそんなことを思ったのでした。
 
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平均台の上
昔友人が言っていた話。
「例えば、自分がいるのが平均台の上だとイメーすると、足を踏み外すんじゃないかと不安になって動けなくなる。
でも、よーく見てみると、平均台だと思っていた足元は、グラウンドの上にまっすぐ引かれた白線かもしれなくて、ちょっとやそっとはみ出したって、なーんてことなかったりするんだよ。」
ホントだよね。ぐんぐんはみ出して、思いっきり道から外れたって、大きくカーブを描いてまた進むべき白線に辿り着けばいい。
あまり不安にばかり思い過ぎないことって大切かもしれないね。
地球はまーるいんだもの。
どんな道も、意志を持って進めば、間違いなんてきっとないよね。

 
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